MFBシステムとともに
入手したDVDAをMFBシステムで聴いている(アンプはケンウッドの半導体アンプ)。
何が起こっているのかというと、12dB程度のMFBがfcを中心に掛けられているだけだ。(下図参照。)
これのせいで聴感上ものすごいことになっている。音が濁りそうでいて全く濁らない。Q=0.34の電磁制動システムで
聴いているという人がいればわりと近い線をいっているかもしれないが、Webで見たことがあるのはQ=0.5までだ。
もちろん長岡派の人はQ=0.2のバックロードシステムで聴いているだろうからそれはそれで素晴らしいはずである。
参考 バックロードホーンシステム
トランジェント特性抜群のフルレンジユニットを背圧をかけないバックロードホーンで聴くシステム。背圧をかけないため
Qが上昇しない。低域の足りない音圧はホーンが補う。
そのためQ=0.2以下の超強力ユニットと電磁制動を十分かけるための強力電源のDCアンプが必須となる。(さらに
進化した負性インピーダンスアンプを使うのも可。)
ほとんど振幅のない動作なので歪が少なく、能率も高いのでアンプなどの個性を強烈に暴き出す。言い換えればアンプ
が良くなればなるほど音のクオリティが上がることになる。
参考 小型フルレンジシステム
バスレフを採用するので背圧はかかるのだが、Q=0.57くらいにするのはあたりまえなので過渡特性はかなり良い。
電流正帰還も併用すればMFBの味わいになる。
バックロードホーンよりもさらに歪が少ないせいでアンプの違いに過敏に反応するし、質的には良い結果が得られる
ことが多い。
イヤホンシステムに最も近い世界がこれである。
Q=0.34では恐ろしく低音不足になるはずだが、これはそうではない。3つくらいの理由がいまのところ考えられる。
1 アンプ内蔵のバスブーストを使用。
2 フルレンジ+スーパーツイーターなので中高音が元々無い。相対的に低音がよく聴こえる。イヤホンと同じだ。
3 部屋のコーナーに置いている。
この速度フラットに近い特性をイコライザーで元に戻す方法は一見正攻法のようだが、以前検討したように過渡特性も元に
戻るので面白みがない。このような破れかぶれな方法のみが成功するのである。
参考
KENWOOD R−SG7のバスブースト特性
うーん、まさにどんぴしゃ。このアンプが無くなったら私のMFBシステムは崩壊する。
ティンパニの連打でドロドロドロとエネルギーが充満してくる。ああここから濁りそうと思った瞬間、
チューバがきれいに鳴り渡り、ティンパニの単打もきまる。あれっと思っていると全然何があっても
音が濁らない。
この装置はすごい。コンサートホールの怒涛と静寂が表現できる。
いつも次のようなシーンを想像する。
レーシングカーがオーバースピードでコーナーに突入する。これはコースアウトして大クラッシュか!と
思った瞬間、電子制御サスペンションが働き何事も無かったかのようにコーナーを抜けていった。
このくらいの驚きがある。
ソニーのサンプラーCDをMFBシステムで聴く。
全部で124曲はいっている。苦もなく聴きとおせるが半分でやめておいた。意外とどの曲も残響たっぷり
だがMFBシステムでは楽器音が細部にわたって聴こえる。
強弱、表情がわかるせいかどの演奏も魅力的に聴こえる。ワルターの英雄がなんとも優美で女性的だし、
バーンスタインのカルメンはいたるところに神経が通っているようだ。
もうどのCDを聴いても生演奏を聴いているみたいになってしまった。
16bitだがDVDAよりプレゼンスが近くなる程度でそれほど困るわけではない。
CBS SONYレーベルのCDは数えてみると30枚持っていた。ワルターが2枚、グレングルド4枚、五嶋みどり2枚、あとは
契約の関係かストラビンスキーやバーンスタインが複数ある。
面白いので寝る前にゴールドベルク変奏曲をかけているが、身近に接してみると単なる記号のような音楽だ。
SBMと書いてあるのが二枚あった。
以上をまとめると、20bitのデジタルテープから16bitにするのに、下位4bitを
1 四捨五入する。 →再量子化ノイズが集中
2 四捨五入したうえでディザを付加する。 →再量子化ノイズが分散
3 16bitのデータに繰り込む。 →再量子化ノイズが高域に追いやられる
という3つの方法がある。3がSBMであるが、とっても抽象的でわかりにくい。
結果から見るとどうやらノイズシェイピングの手法らしい。
参考 オーバーサンプリングを用いたノイズシェイピング(SONY CDP−X7ESD)
このようにオーバーサンプリング、マルチビット処理により再量子化ノイズレベルは低下する。デジタルデータのダイナミック
レンジはこのノイズレベルで規定されるのだろうか。
SBMだと条件は不明だが3kHzにおいて最大10dBの改善が得られるという。ということはプレーヤーがノンオーバー
サンプリングならば3kHzにおけるダイナミックレンジが100dBということなのか。
ワルターのブラームス交響曲第4番はSBMだ。第二楽章を注意して聴いてみるがさほどの解像度や静寂感は感じにくい。
やってみたらノイズフロアが見えてしまった。
これは聴いてもほとんどわかりませんね。耳のいい人ならむしろ20kHzのノイズが気になるかも。
理想の音楽を求めてという姿勢でずいぶん長く生きてきたつもりだが、斬新でこれはいいなと思う音楽には
なかなかめぐり合わないものだった。
音楽の理想型というものならメンデルスゾーンやビゼーのような良いセンスの作曲家が実現していると思うが、
最高峰となるとやはりJ.S.バッハになると思う。
世に素晴らしい楽想というものは数が限られているわけでそんなにどんどんでてくるわけではないし、時代が下
るとさらに厳しくなる。
あるときレコード屋さんで輸入CDが350円くらいになっていたので、女性ボーカルをAから順にジャケットを見て勘で
10枚ほど買ってみたことがある。
このBASIAは当たりだった。
その上にあるのはALFAレコード時代の最後に出た荒井由実のミスリムのゴールドCD。今となっては名品。
以下MFBシステムでの聴取
ロンドンのモーツアルト大全集からピアノ五重奏曲を聴く。室内楽は実に静謐に鳴る。こんな静かな音楽は未体験だ。
ソース機器、アンプのSN比をどんなに上げてもこれほどの効果は感じられないだろう。これがもっとも効率的なSN比
の改善方法だ。もちろんこれは静的SN比でなく動的SN比である。
過渡特性≒動的SN比
ということになる。
矢野顕子のベストアルバムを聴く。今日は恐ろしいものを聴いた。
この聴きなれた音源から聴こえてくるのは、あのスケルトンより三段階上の音だ。音源のエコーそのものが聴こえ、静謐で、
いままで聴こえなかった楽音がわらわらと聴こえてくる。低音はやや出すぎなくらいだ。
HMA9500IIに電流正帰還を掛けたときのエコーの出方に似ている。スケルトンも電流正帰還を掛けるとワンランク上がる。
リサージュコレクションで、このΛがでた時は冗談のような出来事に驚いた。
今回Wave Gene Ver.1.1で再現を試みた。リサージュはWave Spectraでモニターする。
パソコンが変わっているので設定に試行錯誤が少々必要だった。にじみが少ないのは
SN比が良いからだろう。
この信号をCDに焼いて暗号にするというネタを思いついた。それにはリサージュ変換という技法を開発しなければ
ならない(面倒か)。
カートリッジをDL−103にしプリのRec outから線を引いて、アナログディスクもMFBシステムで聴けるようにした。
こんな感じで収集しておいたLPを聴いている。
とても高音質だが普通の録音だ。昔SX−511やFE203で聴いてみたらなんかいまいちだったのでそのまま積読状態だった
のだ。
これからは一枚一枚素晴らしい音で聴くことができる。こういってはなんだがこれだとマスターテープに近く、DVDAに匹敵
するという音だ。
いろいろ試してみたがMFBシステムは万能ではなくクラシックとポピュラーの一部にだけ対応している。ロックとかジャズは
バックロードの方が断然良い。
HMA9500IIバックロードシステムで聴く。
今日は家族のものがお出かけだったのでジャズとロックはこれで聴けば良い事を確認した。Kind
of blueのSACDは
市場にあるがこれで我慢しよう。下の二つはSACD。
SACDだと5000タイトルくらい検索で見つかるがかなり片寄っており、重要な音源はやはりCDで入手するしかない。
LP音源で聴くバッハのカンタータ。こういったものに憧れていたのだ。やっと実現したのか。
よーく考えて見るとポピュラー音楽の低音はベースとバスドラしかなく至ってシンプルだ。このへんがブンブン
暴れても他のパートに与える影響は少ないと考えられる。MFBは必須ではないのだ。
クラシックの場合ティンパニ、グランカッサ、チューバ、コントラバスが一斉に鳴るとすごいことになり、概して
残響も多めだ。MFBがあるのとないのとでは大違いになる条件が揃っている。
なにしろ演奏会でも会場に合わせて音が濁らないように指揮をする必要がある。テンポを落とすことにより
ハーモニーが濁らないようにしたのはチェリビダッケである。それをCDにしたものはちょっと変わったCD
になっている。
というわけで濁りのないハーモニーをCDから聴き取るにはMFBが必須であるという結論に至る。
AXIOM80でよく聴いていた二枚。
こうしてあらためて聴いてみると低音が豊か過ぎるがクオリティはAXIOM80に匹敵する。所詮FE203ではAXIOM80の
代替にはなりえないし、ここまで来るまではクラシックの再生は五里霧中だったのだ。
レコード屋に行ってみるとこのような冊子が手に入った。
ドイツグラモフォンベスト100から指揮者の栄枯盛衰が見て取れる。
(込み入るので少し省略した)
カラヤンとバーンスタインが逝去したあとで、いかに出無精の私でもこの二大巨匠を生で見なかったのはちょっと失敗だったかも
と思った。小澤征爾は生で見させてもらった。
解説を読むとカッティングにルビジウムを使い高音質化に成功しているとある。本当かどうか一枚買ってみよう。
デジタルアンプとは違い、こちらは実に安心して聴ける。
ルビジウムカッティングの一枚を入手した。近くのレコード店にこのシリーズならわんさかあるのだ。
これは確かにいい音だと思う。しかし水晶発振と比べてどの程度いいのかはやっぱりわからない。
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図2は私の研究によるとQ=0.4の過渡特性になる。
図3のQは0.1〜0.2である。トリオの資料では周波数を明示していないのでなんともいえないのだが、一般的には
ACアンプをDCアンプに変えただけでQがこのように低下するということはfsにおいてはありえないことである。
きっともっと低い周波数での話しなのだろう。
ACアンプなのでこのように低域時定数を持つ。
するとこのようになる。
入力信号
周波数特性
案外このようなことかもしれない。
BS Hiでまるごとカラヤンが放映された。いい機会なので録画して検討した。11時間分ある。
これだけどっぷり漬かると生で1回見たくらいのインパクトがある。
帝王も50過ぎて美女を娶り二人の子を授かっている。なんと!カラヤンは幸せ薄い努力の人だったのか。
バイオリンの倍音を減らしてフルートの音を出すとか、理系の指揮者らしさがある。
テレビではカラヤンの録音芸術を賛美していたが、録音を意識して演奏されたものは概してつまらないもの
になる。本当に録音芸術に貢献したのはレコードを完全否定していたチェリビダッケのほうだ。
楽団員はレコード化されるとは全く思っていないのでいつもどおりの演奏ができる。ところが録音はされている
ので、チェリビダッケの死後CDとして出てきたのである。
これが出たときはセルジュ、有難う!と思ったものである。
これを書きながらチェリビダッケのブラームス交響曲第4番を聴いてみた。
優美だがブルーノ・ワルターのように女性的という感じはしない。弦がでしゃばらずハーモニーが立体的になるように
構成されている。実によく歌っているが品があり音の美しさが際立っている。
みんなが共有する時間は贅沢に使われ音の響きを堪能できる。そのため演奏時間はかなり長い。
続きは散歩しながら聴いてみた。第4楽章はシャコンヌですよとなんども教わる。聴いてみるとほんとにシャコンヌに
なっているので、ちょっとびっくりするが、あまりに巧妙な書法なので知らなければそうとは思えないくらいだ。
今回も聴いてみてそのことを確認した。
ブラームスの4番は早くから気にいっていたので大学時代にLPを購入した。へそ曲がりだったのでベーム指揮ウィーン
フィルを選んだ。カラヤンはなんとなく買う気がしなかっただけだが。
付録
交響曲の書き方
基本は初期のモーツアルトの作品のように弦楽を書いて、あとは木管と金管で味付けしてゆくだけである。弦楽のパート
が書けない人でも、4声のピアノ譜が書ければそれをそのまま弦にしてもそれなりに聴ける。くるみ割り人形のピアノ譜を見ると
そのことに気づく。
マーラーは!全然別のことをしていたので聴いていて腹が立ったことがある。
オーケストレーションは最低限このことができればなんとかなる。
オリジナルのモチーフはたくさんあればあるほど良い。格好いい楽想を案出するのは至難の業に近いが、ここはMidi楽器
を使うと即興演奏からうまく収集することができる。実は耳が研ぎ澄まされてくるとあるフレーズを弾いた後に次のフレーズが聴こえ
てくることがある。このトランス状態だとどんどん書き進むが普通はまあ無理でしょう。
経過句はべつに人のものの使いまわしでも良いのでそこまでオリジナルにしようとしないほうがいい。
交響曲は古典的な定義ではピアノソナタを管弦楽化したものなのでソナタ形式の楽章をひとつ入れておく必要がある。ソナタ形式
については中学校で学んでいない人は自分で調べてくださいね。
このように交響曲が作曲できるということは、実は指揮者のやることの真逆ができるということに他ならない。
指揮者はスコアをピアノ譜に変換して自分で弾くことができなければならないが、作曲家はピアノ譜をスコアに変えるのが仕事
である。指揮者はスコアからテンポや強弱をオケに与えるが、作曲家は作った音楽をもとにスコアにそれらを書くのが仕事である。
音楽→スコア スコア→音楽
ということは両方できる人が最強であることは自明の理のようなものである。バーンスタインはやはり凄い。
ベーム指揮ウィ−ンフィル ブルックナー交響曲第7番
弦がきれいでさわやか、木管ももちろんそう、金管はもっと厚みがほしい気がするが、さすがウィーンフィルだ。と思って聴いていると
途中からアーティキュレーションがほとんどなくなる部分があるように感じたがどの部分か現在確認中である。
このように楽想とハーモニーに優れた音楽が私は好きで、無理を重ねたような楽想のショスタコービッチやプロコフィエフは聴くのが
苦痛になる。
マーラーは旋律ははっきりしている。派手なオーケストレーションに対し旋律の魅力に乏しいというべきか。
休日。故ポ−ルモーリアの曲をSITアンプとSEASでおいしくいただいて、MFBシステムで交響曲を聴く。ブルックナーの4番だが、
ベーム指揮ウィーンフィルの演奏がこんなに良いとは。素朴で清楚な味わいがある。
最後にHMA9500IIとバックロードでなにかをズドンと鳴らして終わり。何にしようか。
最近少しだけオーディオに開眼したような気がする。
@LPレコードからCDに変わったときに得られたものは広いダイナミックレンジと直線性である。オーケストラなどの演奏を混変調歪
なしに市販メディアで実現するにはそうするしかなかった。
LPのままでもよかった音楽もある。ビバルディの弦楽合奏や室内楽、ポピュラー音楽はそうだろう。
A一般の人にはたぶんわからないが終段素子の非直線性による音質の限界がどうしてもある。素子による解決はSITであり回路技術的
解決はD級アンプである。今急速にD級アンプの方向に進んでいるところである。
D級アンプには透明度の高いすっきりした音質と音場感のよさがあると思う。しかし失われるものもあるわけで、両方望むならばやはり
SITである。
B録音方法がダイレクトカッティングからテープレコーダーに変化したときもダイナミックレンジと混変調歪が問題になった。磁気テープに
録音すると鮮度が失われるのである。これを解決するためにPCM録音が生まれた。
この3つのイノベーションは根が全部同じである。アナログの非直線性を解決する方法としてデジタル技術が使われている。開眼というのは
つまりこういうことである。広いダイナミックレンジと歪の無さを求めなければLPにとどまれば良いし、アンプ終段の特性にこだわらなければ
アナログアンプのままでよいということだ。ここをどうしても超えたいというときだけ新技術のほうを選択すれば良いのである。
12cmフルレンジのMFBを始めた。
このような外付け回路を用いる。
アンプはトラ技のアンプ(FET版)のゲインを50倍にしたものを用いる。安定度がよく不具合は生じない。
MFB+バックロード+自作アンプなので今の3つのシステムを合わせたような格好になっている。これひとつで
全部まかなえるだろうか?
それは聴き進んでゆけばこれからわかるだろう。
使い方
まず負帰還であることを確認する。正帰還ならば発振するし負帰還なら発振せず調整可能になる。但しそれができる
アンプは限られており私のアンプでは三つしかない。上記のアンプとKenwoodのアンプとガブトガニ I である。他のアンプ
では負帰還でも発振するのでやっかいだ。
10kΩのVRによりfsのQを調整できるので、低域を自由に操れる。量感を得ようと思えばQを大きくし、制動感を得ようと
思えばQを小さくすれば良い。
まず全体的なスピード感があるかどうかをリーリトナーでテストする。これは軽く合格する。
fsにおけるスピード感はポリスのゼニヤッタモンダッタでテストすればわかる。重量感はさほどでないがこのスピードには対応している。
スティーリーダンくらいのスピードになると最適といえるくらい相性が良い。
メトロノームで測定して見たが、ポリスはAllegroスティーリーダンはModeratoくらいのテンポである。
これの面白い特徴はボーカルが中空にぽっかりと浮かぶように存在することである。こういう構造と速度負帰還によるクオリティ
アップが効いているのだろう。カーペンターズだとカレンが降臨しているかのような感じが得られる。
交響曲を聴くとやせた感じがあり適してはいないようだ。兵士の物語だとちょうど良い。AXIOM80的な使い方ができそうである。
モーツアルトのピアノ五重奏曲もいい感じで聴ける。
交響曲ではQを上げてみたがやはり音色の面で芳しくない。
一週間聴いたら次のようなことがわかった。
検出コイルが少し音質を損なっている。が大半の曲は気にせずに聴ける。
バスレフに比べると低音は音程が明確でゆったりと鳴る。高域も繊細感がありふんわりと鳴る。音が空間に溶け込み、スピーカーが存在を
あまり主張しない。
これくらい良さがでていればバックロードとしては成功である。
気になった音楽たち
バーンスタイン作曲 ミサ曲より 神は云われた
あれ、こんな曲があったのかと。サウンドがウェストサイドストーリーと同じ。家に帰りステレオ再生してみるとiPodの音が再現できて
いない。密度感がいまいち。バスレフのスケルトンシステムのほうがiPodサウンドの再現力は高い。
コルンゴルド作曲 バイオリン協奏曲第1番
これもちょっと聴いただけで聴きやすい音楽だとわかる。ストレス無く通して聴けるだろう。
Migration , Dave Grusin
とにかくステレオ装置の顔をみたらこれをかける毎日がつづく。そして音を確認したり、ときに音のことを忘れたりする。
このくらい複雑な曲ならば毎日聴いても飽きる事はないし、ほかの装置で細部まで聴き込んでいるのでちょっとした違いで、
おや?ということになる。
今日も帰宅後夕食をすませてからスイッチをいれた。かなりの迫力だ。低音がふくらみすぎなのであとで調整しようなどと
考えている。少したってよく見るとMFBの線が片方抜けていた。
頭では頓珍漢なことを考えているわりに耳はちゃんと聴いているのだ。
休日、このシステムで魔笛を聴く。ショルティ指揮のCD三枚組で映像なしである。あらすじは知っている。対訳付きの歌詞を先読み
しながら聴いてゆく。映像付きのものはある程度歌詞を覚えてから楽しむ方が良いと思う。
さすが魔笛。モーツアルトの行き届いた音楽とウィットに富んだ台本が聴き手を飽きさせない。第一幕を終えてコーヒーブレーク
に入る。その間デーブグルーシンで音を楽しむ。
さて人類の永遠の遺産であるこのオペラにはまった人はいつこれを聴いたのだろうか。まだ見ぬパミーナを夢見る若いころか、
タミーノとしてかパパゲーノとしてか?まあそれはどうでも良いか。
超有名な曲があとふたつ第二幕に残っている。聴くのは明日にしよう。
気になった音楽
ギスモンティ 「ソロ」 より Ciranda
Nordestina
これは私ごのみというか、12cmMFBシステムで聴くとすごいことになっている。
ヤマハB3でMFBを試して見たが小さくハムが入る。使うなら電磁制動システム用だ。
グレン グールド ゴールドベルク変奏曲より 第21変奏
これはiPodで聴いていてキースジャレットが弾いているのかと思ったくらい音楽がよく似ている。
魔笛 第2幕
集中力の限度は1時間か。日を改めて続きを聴く。このオペラは珍しくドイツ語なので
deine Handああビートルズでも言ってる、
Weis ist shon!
(白人は美しい。)こんなことを言ってるが良いのかなどと思う。
やはりパパゲーノがどうなるのか気になる。確かにこれはハッピーエンドだとわかる。身につまされ涙ぐむところである。
バックロード用のMFBアンプが完成。オペラ1号と名づける。ノイズも全くないし素晴らしい出来である。
平日は交響曲を分析し、週末はオペラを鑑賞する。
オペラは研究するようなものではなく、交響曲は鑑賞するためのものではないのだと思う。例えば劇場でオペラ
を見ている観客がアハハハと笑っていたとする。もしこの光景を宇宙人が見ていたとしたら、ああ地球人たちは見世物を
楽しんでいるのだなと思うだろう。
しかし交響曲を聴衆が聴いているさまを宇宙人が見たら驚くだろう。なんでアハハハと笑わないのかと。そしてこう結論
づける。地球人は研究のためにコンサートホールへ足を運んでいるのだろうと。
休日。フィガロの結婚をオペラ一号で鑑賞する。今度はカラヤン指揮だ。なんて贅沢な。
イタリア語は気合を入れて1年くらい勉強しているが訳を先読みして歌についてゆくのは難しい。単語からだいたい意味は
とれるのでほとんどイタリア語だけ見る。
レシタティーヴォが多いので音楽を中心に聴いたら全然つまらない。劇が主、音楽が従で楽しまなくてはならない。それでも
知っている曲が二曲あったのでちょっとほっとした。一幕と二幕まで済ませてコーヒーブレークに入る。
アールクルーのハートストリングをかける。このコーヒーブレークがなんとも楽しみだ(本末転倒)。例によって続きは明日に。
2日目
後半は音楽が充実している。解説書に乱丁があったので途中で全く追えなくなった。かろうじて語尾のところでいまどこかを
見つけ出せる程度だ。
三幕と四幕のあいだで食事とお酒がはいったので四幕では途中で眠っていた。フィナーレは派手に終わる。
序曲の気合の入り方は尋常ではないが、感動も何も無いオペラだ。ウィーンで不評だったのもあながち陰謀のせいとはいえ
ないかも。
シェフィールドのダイレクトカッティングディスク
MC−L1000とこの組み合わせでは全く文句のつけようがないナチュラルな音がする。勿論細部は隙が無いほどのハイファイだ。
これを基本としてしばらく聴いてみよう。
MC−L1000 → KP9010 → PRA2000 → OPERA1 → MFB−12F
ドヴォルザーク交響曲第8番(ノイマン指揮チェコフィル)
ある程度大音量にすると歪感のない充実した音響になる。これほど見通しのよい再生音は未体験だ。もっと大型のシステムで
同じくらいの音量を出した場合を想像するとこれはまるで別世界だ。
ということで終わりまで聴いたが最後のリタルダンドはためが足りないと感じる。ライブで興が乗ればたまたまそうなるということか。
セレロン搭載のXP機は爆熱だしファンのノイズも少々ある。だから音楽をちゃんと聴くときはPSPでネットを見ながら鑑賞する。
プリアンプも爆熱なので最近はiPodから直接Opera1にいれて聴いている。
音質的にはiPodもCDプレーヤーもそんなに変わらないと思う。シャッフルで聴いていると曲により鳴り方に相当違いがあることが
わかる。このスピーカーで堂々とバランスよく鳴る録音は本当によい録音だ。ものすごく透明感のある録音もこれならわかる。ブレンデル
のシューベルト即興曲作品90第1番がそうである。
3分32秒のところから繋留音をつかった愛らしいメロディがでてくる。それ以外はまるでベートーベンのソナタのようだ。ただベートーベン
なら絶対しないこともやっているので面白い。
ブレンデルといえば77歳で今年引退を表明し8枚組のアーティストチョイスコレクションを出している。一生かけた仕事をかいつまんで
いうとこれだけになるということか。
MFB−12を聴きはじめてから早三ヶ月、針をオーディオテクニカにしてLPをかける。
猫の森には帰れない
悲しいほどお天気
Cold spring harbour
これならと思えるくらいじゅうぶんメインシステムに成長した感じがする。
スケルトン/バスレフシステムより音量を多めにしなくてはならないが、アナログのよさがすべて出る。
なお今回魔球感覚のベースが聴けるトラックが判明した。水平線にグレナディンだった。
確認のためブレンデルのCDを出してきて聴いてみる。深いこくのある響きがでる。iPodよりも良いので少し安心した。
このシステム、CDでは音が全般的に平凡だがLPだと良さが出る。スケルトンと同じだ。
SACDも聴いてみた。高域に切れのよさが感じられる。フルレンジなのでちょっと意外なのだが確かに感じられる。
オーディオチェックテープの曲はすでにiPodに入っているのでコメント欄にaudio
check1といれればひとつのアルバム
として扱えるようになる(スマートプレイリスト)。
これでMFB−12を鳴らしてみた。
これはいい音だ。自然だしどこまでも分解する。Opera1は直線性のよいMOS−FETを採用してあるので、MOSのシステム
としてはこれが究極といって差し支えない気がする。
使用2ヶ月くらいから交響曲もきれいに鳴るようになったし、この案件もこれで片がついたと思う。